【読書感想文:ネタバレあり】羊と鋼の森  作:宮下 奈都

全体が大きな薄暗い森の中を迷いながら歩いている雰囲気で、タイトル通りの作品だった。

個人評価:4/5

 

 この物語はピアノの調律師になった青年の物語だということは読む前から知っていた。しかし私はピアノを習っていなかったので、ピアノの調律というものを全く知らなかったということがこの作品を読んで分かった。

 私は調律とはただ音程を合わせるだけだと思っていた。しかし、一流のピアノの調律師は音程だけではなく、ピアノ奏者の求める音色や響きをピアノが置いてある環境なども考慮しながら調整していく。ピアノ奏者の持っている魅力を一番引き出せるようなピアノに調整することが重要なのである。

 この作品の主人公はピアノが弾けるわけではなく、たまたま偶然一流のピアノの調律師に出会ったことにより調律師になることを目指した。そのためピアノ奏者がどのようなピアノを求めているのか、まったくわからない状況からスタートしていく。調律を依頼してきたお客さんや職場の先輩から学んだ小さな気づきを手帳にこまめに残し、「ピアノ奏者が求める音色を奏でられるピアノ」を作る努力をコツコツしていくのだ。

 この作品のタイトルはピアノの内部には弦(鋼)と弦を叩いて音を出すハンマーの先についている上質なフェルト(羊)がたくさんあるので、ピアノをそれらの「森」と表現している。その「ピアノの森」の中を調律師として時にはさまよいながら歩いていく人生を主人公は選んだ。

 ピアノは色々な環境や奏者のもとにあるため、調律に正解はなく、その森の果てに辿り着く近道はなさそうだ。でもけしてめげずにコツコツ試行錯誤していく主人公の日々を描いたこの作品は、本当に大きな薄暗い森の中を迷いながら歩いている雰囲気を醸し出していて、このタイトルがぴったりだと感じた。

 後日この作品を原作にした映画「羊と鋼の森」を観た。原作の雰囲気がとてもよく出ていて音楽や風景、配役もぴったりだと思った。特に家族を無くし心を閉ざした青年が思い出のピアノを調律し、久しぶりにピアノを弾くことによって笑顔を取り戻すシーンにはとても感動した。

 しかし原作では主人公の心の中の悩みや不安などが文章により表現されているが、映画ではそれらを森の中をさまよい歩くというシーンのみで表現されているので、映画だけを観た人には分かりにくい場面も多かったように感じた。

 原作を読んでから映画を観ると「羊と鋼の森」の奥深くに踏み入ることができるだろう。

 

 

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2020.2.14読了